チョコよりも






その、チョコは・・・今までよりも甘かった・・・




「ふぅ〜」

柳は部室でため息を吐きながら、着替えていた。

ロッカーの前には袋一杯の荷物。

その隣には真田が同じように着替えている。

「まったく・・・けしからん」

「まぁ、そう言うな。悪気はなかったのだろう」

柳は真田をなだめていた。

それでも、真田の不機嫌は直らない。

無理もない。

朝っぱらから、振り回されっぱなしだった。

今日は2月14日。

バレンタインデーの日である。

テニス部レギュラーも例外ではなく、

様々なファンが朝から引っ付いている。

この時期、喜んでいるのは丸井ブン太だけ。

甘いものが好きな彼にはかなりの隠れファンがいたりする。

少なからず、レギュラー全員はいくつか貰っている。

下駄箱に入っていたり、机やロッカーに入っていたり。

幸村辺りは袋一杯にまとめられてドーンと置いてあったり。

去年はダントツで幸村と柳が一番多かった。

その次がブン太。

柳生、仁王、赤也と続く。

真田、ジャッカルは同じくらい。

放課後にはとりあえず、腐りそうな生もの(ケーキ辺り)を部室で差し出して、

みんなで食べたりしているのだが、何せ量が多い。

最後にはブン太行きになるのは言うまではなかったが、

みんな律儀に持ち帰っているそうで、今日も、朝から騒々しかった。


そういう日なので、真田は大目に見ていたが、

そのおかげで部活時間を多少過ぎた。

それに対して真田は怒り心頭していた。

そんな中、幸村、ブン太が。その後に柳生が部室に入ってきた。

「参ったよ。そこで捕まってしまってね・・・」

幸村は部長なのに、真田に謝る。

「幸村、お前が誤ることはない。悪いのは・・・・」

真田の言葉を遮るようにブン太が貰ったばかりのケーキを頬張っていた。

「おいしい」

その笑顔を見た瞬間、幸村はプッと噴出していた。

「弦一郎、これは一本取られたな」

「・・・まったく・・・たるんどる・・・」

真田はそう、つぶやきつつも、怒りが少し和らいでいた。

「柳先輩っ!」

そこへ勢いよく現れたのは赤也だった。

「どうした、赤也?」

とても気分のいい赤也が嬉しそうに息を弾ませていた。

「見てくださいよ。去年よりたくさん貰ったっスよ」

柳の前に見せたのはチョコレートの詰まった小さな袋だった。

柳はそんな赤也が可愛く思えて、思わず、笑みをこぼした。

「何で笑うんスか〜ひどいっスよ」

「すまない。悪気はないのだが・・・・」

真田はそのやり取りを見て、微笑ましいと思った。



「蓮二、すまないな。付き合ってもらって・・・」

「いや、今日はあまり早く帰りたくなかったからな・・・」

辺りはもう、日が暮れている。

もう、こんな時間では女子たちはいないだろう。

毎年、練習が終わる頃になると一斉に渡せなかった女子たちは最後の機会を逃さず、

チョコやらプレゼントを差し出してくる。

去年は痛い目を見たので、真田と柳は遅くまでこの日は居残っていた。

「弦一郎、お前には感謝しているぞ、
お前が側にいるから前みたいに嫌な思いをしなくて済む」

去年、柳は幸村と張り合うほど、たくさんチョコを貰っていた。

ほとんどが強制的にだが。

朝から続いた、女子たちの攻撃に滅入った柳は一度、断ったことがあった。

その時、何故か泣いてしまった子がいたらしく、苦い思いをした。

それを知った、真田がその日に限って、いつも以上に一緒にいてくれていた。

真田は近寄りがたいのか、今年はそんなに貰わなかった。

真田は着替えながら、制服のポケットに何かが入っていることに気付いた。

チョコが一個。

小さい一口サイズのもの。

「蓮二」

真田は振り向いた柳の胸ポケットにそれを放りいれた。

「これは・・・?」

「朝、ちょっとな・・・」

テレながら、真田は語尾を濁しながら言った。

「ありがとう、弦一郎。うれしいよ」

柳は笑顔を浮かべてそう、言った。

それが、どんなものであれ、真田から貰ったとなれば、うれしい。

柳はその余韻が残る中、かばんから、小さな包みを取り出す。

「弦一郎、これは俺からだ・・・」

今日、チョコを交換するということは二人にとって、

大切な行事の一つになっていた。

それは互いの想いが通じ合っているという証。

それを形にしているだけ。

それでも続けているのは、嬉しいから。

互いが本命だから・・・。

女子どもがこんな二人の場面を見たら、どう感じるのか。

そんなことを考えると、恐ろしいことだが、

今は二人一緒にいられることに感謝していた。

「・・・蓮二・・・ありがとう」

柳はその包みを手渡そうと一歩踏み出したとき、

柳はつまづいてしまった。

「あ」

真田は倒れそうになる柳を両手で支えた。

「大丈夫か、蓮二?」

「・・・あぁ、大丈夫だが・・・」

柳は真田に抱えられながら、足元に視線を落とす。

手から落ちた包みが綺麗に中身をばら撒いていた。

「もったいないな・・・」

「気にするな、蓮二。お前に怪我がなくてよかった」

真田はそう、いうと、散らばったチョコを拾い始める。

柳はふと、思い出した。

胸ポケットからさっきもらった、弦一郎のチョコを口にいれる。

「弦一郎・・・」

柳はその場に腰を落として、

顔をあげた真田の唇に自分の唇を重ねた。

――弦一郎・・・好きだ―――

柳は心の中でつぶやきながら、永い口付けを交わした。

真田は柳の想いを受け止めながら、その熱いキスを受け止めていた。

そのキスはチョコよりも甘かった――

――蓮二・・・俺も・・・好きだ――

二人は甘い永い永い口付けを交わしていた・・・。




おわり